キャバレー

 

 グレコのストラトキャスターを持って胸をドキドキさせながらキャバレー御堂筋の前に立ち、深呼吸をして重たい鉄の扉を開けてボーイさんに 「バンドの部屋はどこですか?」 と聞くと地下一階だと言うのです。階段を下り突き当りの部屋の前でドアをノックして 「こんばんは」 と中に入って行ったら、いきなりバンドの皆さんは笑いながら言うのです。「こんばんはって聞くのは久しぶりやな。 なんか新鮮やな」 と。 真夜中でも、この夜の世界は 「おはようございます」 が当たり前の挨拶なのです。それと、英語のような言葉で何を言っているのか分からない、秘密の暗号があるのです。たとえば 「うまい→マイウ」 とか言うでしょ。あれなんです。 「チャンネノパイオツカイデ→ねえちゃんのオッパイでかい」 とか 「ルービでパイイチコオイ→ビールで一杯行こう」 みたいに何でも反対にひっくり返す。法則がありそうで無さそうで・・・・。  あと、番号を

C E F G A B C
1 2 3 4 5 6 7 8
チェー、デー、イー、エフ、ゲー、アー、ハー、オクターブ

このように変換して使うのです。たとえば3万5千円だと、「イーマンゲーセン」で、42だと「エフデー」 ってな感じ。初日から何をしゃべっているのかさっぱり解らない。バンドの皆さんといったら年配の人ばかり。当時スギサクは16歳だったけど年配の人は69歳ぐらいではなかったかなあ。 若い人でも30前ぐらいだったと思う。バンド編成はピアノにテナー・アルト・ベース・ドラムでしたね。スギサクはベースがトンズラした人の代わりだったんで始めは弦の切れたウッドベースを持って立っているだけ(立ちんぼ)でした。マンホールくらいの1メートルの穴をくぐると、そこにステージがあるのです。あんなに夢にも見たステージとはかなりかけ離れていて 「えーこんなもんなのかな」 と思いました。他にチェンジバンドがタイバンで入っていて、交代でステージをチェンジしていくのですが私たちのバンドは7ピースバンドで、先程は5人編成のバンドと言いましたが、トランペットが入ったりトロンボーンが入ったりしていた。テナーは一番と二番の二人かな? ショーがあるときには10人以上のメンバーが居たりしましたね。 私たちのバンドはジャズバンドでチェンジバンドのタンゴバンドはアコーディオンにバイオリンそれにタイコとウッドベースと言う編成でした。その頃の私の呼び名はみんなからは 「ボク」 でした。 ボーヤって言う意味です、キャバレーがどんな所か説明しましょう。 一日に4回から5回くらいのステージがあります。始まりは6時くらいだったと思います。1ステージ目はまだお客様がいないのでジャズのスタンダードをやります。メモリー帳っていうのをみんな持っていてコードを見てアドリブをするのです。それと譜面ものではカウントベイシーとかエリントンとかグレンミラー、ベニーグッドマンペレスプラードやタンゴ、マンボ、チャチャチャ、とかのダンスものをやります。ホステスさんがリズムのパターンをリクエストしていましたね。 「ジルバでお願い!」 って言われるとジャスの曲をやったり 「ラテンを」 てな感じです。暗くて良く解らないのですがホステス(ステホス)さんは黒柳徹子さんの髪型みたいに頭を大きくセットされていてドレスを着ていて化粧が濃くニオイ(オイニ)はきつくダンスが上手い。16歳のスギサクにとっては外で見る初めての大人の女と言う生き物に、触れた驚きと期待と恐怖。見世物小屋を横目で覗き込み入ってみたいという誘惑にも似たフェロモンと言うかホルモンと言うか。見るなと言われると見てみたい、触れてはいけないと言われると触れてみたい。人には内緒だといわれると人にしゃべりたい。秘密めいていてニヤニヤしながら暗闇の中に光る蝶でありました。さらにホステスさんには美容室、更衣室、子供を預ける託児所などがあり、その部屋の広さだけでもコンビニエンスストアくらいはありました。何百枚と言う衣装、着物、ドレスなど着付けの人もいました。ステージといえばセリがあり、バンドの人達が10人以上も乗っているステージが上がったり下がったりするのです。キャバレーの中に噴水が吹き上がり色とりどりの照明が所狭しとドームの中を照らし、黒服の人がマイクを手にして演奏中でもホステスを指名する 「ミドリさん、 三番リストへ!」 そこは小宇宙です。 未知との遭遇でありました。1ステージ目が終わればタンゴバンドとチェンジし休憩です。チェンジの曲は必ずワルツをやります。1人ずついなくなっていってタンゴバンドがメロディーを引き継ぎタンゴバンドのステージが始まるのです。 休憩は約30分から40分くらいです。休憩中のバンドマンはだいたいが一杯(パイイチ)飲み屋に行くか、ポーカー(カーポ)をバンドの楽屋でやります。テーブルは小銭の山です。2ステージ目からはショーが入ります。演歌歌手が譜面を1ステージが終われば楽屋で持ってきて打ち合わせです。パッパッと打ち合わせで本番なのです。3ヵ月に1回くらいはビッグショーといって大物の有名な歌手がやってきます。毎日毎日ショーが入っているのですがそれは歌だけでなく手品、紙きり、漫才、河内音頭、ストリップ(和・洋)、和太鼓、一升瓶一気飲み、などいろいろなショーの数々です。2ステージ、3ステージとショーを行い4ステージ目は生演奏によるのど自慢大会だったり、ビンゴゲームとかの催し物です。ラストの5ステージ目は歌謡曲のインスト物とか、ポールモーリアのようなポップ物でした。何故だか最後の曲は決まっていて 「グンナイスイートハート」 という曲だと思うんですが、みんなは 「グシナイ」 と呼んでいました。こんなふうなキャバレーの1日なのです。 ステホス(ホステス)の女性を好きになってしまう気持ちはどこから来るのか分かりませんが、ギターを好きになる気持ちと同じ気持ちなのです。この ”ハニーラブ&ギター命” のこの感情がスギサクを幸福にも不幸にも天国にも地獄へも連れ回すのでした。

愛さずには言われない。